ダキア属州

ダキア属州
Provincia Dacia
ダキア 106年 - 271年
ダキア属州の国章
(国章)
ダキア属州の位置
ダキア属州の位置
公用語 ラテン語
首都 サルミゼゲトゥサ
皇帝
106年 - 117年 トラヤヌス
270年 - 271年アウレリアヌス
総督
106年 - 109年ユリウス・サビヌス
265年 - 271年マルクス・アウレリウス・カッシアヌス
変遷
設置 106年
放棄271年
通貨アウレウス、デナリウス等
ルーマニアの歴史

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ククテニ文化 (5500 BC-2750 BC)
ダキア
ダキア戦争 (101-106)
ダキア属州 (106-c.270)
ワラキア公国 (13C末-1856)
モルダヴィア公国 (1359-1856)
トランシルヴァニア公国 (1571-1711)
ワラキア蜂起 (1821)
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ダキア属州(ダキアぞくしゅう、ラテン語: Provincia Dacia)は、106年に現在のルーマニアの一部であるトランシルヴァニア地方南東部のバナトオルテニアに設立されたローマ帝国属州。ローマがこの地を占領してすぐに属州化が行われ、271年から275年にかけて放棄された。歴史家によれば、ダキア属州の人口は65万人から120万人の間であったと推測されている[1]ダキア・トライアナ(Dacia Traiana)やダキア・フェリクス(Dacia Felix)と呼ばれることもある。

2度に渡るダキア戦争101年 - 106年)において、第13代皇帝トラヤヌス(在位 98年 - 117年)がダキア王デケバルスに対して歴史的勝利を挙げたことにより、ダキアはローマ帝国に併合されダキア属州となった。旧ダキア王国の領土のうち、北部のモルダヴィア地方やマラムレシュ地方、クリシャナ(英語版)地方は併合されず、帝国外の自由ダキア(英語版)人が治める地域として残った。

詳細は「ダキア戦争」を参照
三分割されたダキア(水色の部分)
北よりDacia Porolissensis, Dacia Apulensis, Dacia Malvensis

119年、ダキア属州はダキア・スペリオル属州(Dacia Superior)とダキア・インフェリオル属州(Dacia Inferior)に2分割され、さらに124年にはダキア・スペリオル属州がダキア・アプレンシス属州(Dacia Apulensis)とダキア・ポロリセンシス属州(Dacia Porolissensis)に2分割された。またダキア・インフェリオル属州はダキア・マルウェンシス属州(Dacia Malvensis)[2]とも呼ばれるようになる。しかし、マルコマンニ戦争162年 - 180年)が勃発すると、これらの分割された属州の軍事・司法権限は統合され、以後三ダキア(Tres Daciæ)と呼ばれるようになる。

属州下のダキアにおいては植民市建設が行われるとともに、鉱山の開発が加速され、農業畜産、交易が盛んになった。ダキア産の小麦は地元に駐屯する軍団の糧秣としてだけでなく、広くバルカン半島各地へ供給されるまでになった。植民市への人口集積も進み、軍団駐屯地を起源とする11から12か所の都市があったことが分かっており、そのうち8か所が植民市の地位を有するほど発展していた。属州都はウルピア・トライアナ・サルミゼゲトゥサと呼ばれ総督プロクラトル)が着任した。また、交通の要衝であるアプルムにはローマ軍団が駐屯していた。

ダキア属州は成立直後より外敵の圧力を受けていた。初期には自由ダキア人が、その後マルクス・アウレリウス帝(在位 161年 - 180年)の治世下では自由ダキア人と同盟を結んだサルマタイ人(サルマティア人)が原因であった。続くコンモドゥス帝(在位 180年 - 192年)とカラカラ帝(在位209年 - 217年)の時代は国境は比較的平穏であったが、その後の帝国混乱期にカルピ人(英語版)ゴート族と共に国境を侵すようになった。248年から250年にかけてのゲルマン人(ゴート族等)の襲来、258年268年のゴート族やカルピ人による侵入、267年269年のゴート族とヘルール族による侵入などが挙げられる[3][4]。このように国境に対する外圧が増す中、270年代になりローマ帝国はダキア属州を放棄した。後世の歴史家は、属州が放棄されたとする時期は、アウレリアヌス帝(在位 270年 - 275年)治世下だとする説を提示している。アウレリアヌス帝は、ダキアを放棄し、ドナウ川の南に位置するセルディカ(現ソフィア)を属州都としてモエシア・インフェリオル属州の領域内にダキア・アウレリアナ属州(英語版)(新ダキア属州)を新設した。

主要都市

属州内の主要都市とその都市格

参考文献

  1. ^ Georgescu, Vlad (1991). Călinescu, Matei, ed. The Romanians: a history. Romanian literature and thought in translation series. Columbus, Ohio, USA: Ohio State University Press. ISBN 978-0-8142-0511-2. p.6
  2. ^ Archaeologists may have discovered the capital of Dacia Malvensis in Romania
  3. ^ Treptow, Kurt W.; Bolovan, Ioan (1996). Treptow, Kurt W.; Bolovan, Ioan, eds. A History of Romania. East European Monographs. ISBN 978-0-88033-345-0. p.34
  4. ^ Cottrell, P. L.; Notarás, Gerásimos; Casares, Gabriel Tortella (2007). From the Athenian tetradrachm to the euro: studies in European monetary integration. Studies in banking and financial history. Farnham: Ashgate Publishing. ISBN 978-0-7546-5389-9. p.20
前期ローマ帝国の属州(3世紀以前)
本土
  • イタリア
元老院属州
皇帝属州
皇帝私領
東方属州(115年 - 117年)
117年以前に存在した属州
上記は、ローマ帝国の領土が最大となった117年の属州。「東方属州」はトラヤヌス帝期にのみ存在した属州。
後期ローマ帝国の属州(4 - 7世紀)
歴史的背景

293年、ディオクレティアヌスによって属州の統治体制が再編され、新たに管区が制定された。道は337年のコンスタンティヌス1世の死後、確立された。

  • 帝国西方(395年 - 476年)
ガリア道(英語版)
ガリア管区(英語版)
ウィエンヌ管区(英語版)
ヒスパニア管区(英語版)
ブリタンニア管区
  • 第1ブリタンニア(英語版)
  • 第2ブリタンニア(英語版)
  • フラウィア・カエサリエンシス(英語版)
  • マクシマ・カエサリエンシス(英語版)
  • ウァレンティア(英語版)369
イタリア道(英語版)
イタリア郊外区
イタリア穀物区
  • アルペス・コッティアエ
  • フラミニアおよびピケヌム・アンノナリウム(英語版)
  • リグリア(英語版)およびアエミリア(英語版)
  • 第1ラエティア(英語版)
  • 第2ラエティア(英語版)
  • ウェネティアおよびイストリア(英語版)
アフリカ管区(英語版)
パンノニア管区(英語版)
  • 帝国東方(395年 - 640年頃)
イリュリクム道(英語版)
ダキア管区(英語版)
  • ダキア・メディテラネア(英語版)
  • ダキア・リペンシス(英語版)
  • ダルダニア
  • 第1モエシア
  • プラエウァリタナ(英語版)
マケドニア管区(英語版)
オリエンス道
トラキア管区(英語版)
  • エウロパ(英語版)
  • ハエミモントゥス(英語版)
  • 第2モエシア
  • ロドペ(英語版)
  • スキュティア・ミノル(英語版)
  • トラキア
アシア管区(英語版)
ポントゥス管区(英語版)
オリエンス管区
アエギュプトゥス管区(英語版)
その他
  • タウリカ
  • クァエストゥラ・エクセルキトゥス(英語版)536
  • スパニアエ(英語版)552
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