ブルターニュ公爵城

ブルターニュ公爵城
Château des Ducs de Bretagne
フランス、ロワール=アトランティック県ナント
航空写真
北緯47度12分57秒 西経1度33分0秒 / 北緯47.21583度 西経1.55000度 / 47.21583; -1.55000座標: 北緯47度12分57秒 西経1度33分0秒 / 北緯47.21583度 西経1.55000度 / 47.21583; -1.55000
種類城塞
施設情報
所有者ナント市
管理者1532年までブルターニュ、現在はフランス
一般公開一般公開中
現況修復
歴史
建設1207年, 再建1466年
建設者ブルターニュ公Guy of Thouars
使用期間1207年 - 1862年
主な出来事ナントの勅令

ブルターニュ公爵城(ブルターニュこうしゃくじょう、フランス語Château des Ducs de Bretagne)は、フランスナントにある広大な要塞城。現在ナントはロワール=アトランティック県の一部であるが、1941年に分離されるまでは歴史的にブルターニュの一部であった。城はロワール川の右岸にたち、昔は周囲に堀がめぐらされていた。

1207年、当時のブルターニュ公ギィ・ド・トゥアル(ブルターニュ女公コンスタンスの2番目の夫)によって建造された。1466年に再建された。13世紀から16世紀までブルターニュ公の住居であり、1532年以後はフランス王家のブルターニュでの居城となった。城は1840年、フランス文化省によって歴史的建造物のリストに加えられた[1]

修復

1990年代より、ナント市は綿密な修復計画を進め、ナントとブルターニュの歴史的象徴としてかつての栄光をこの場所に取り戻すべく補修を行った。工事には15年かかり、一般公開を3年間中断し、2007年2月9日に再公開した。現在は人気のある観光地となっている。

修復された大建築物には、城の32部屋を備えたナント歴史博物館が含まれる。要塞化された城壁の周囲500メートルを歩くと、城内の建築物全てを眺められないが、町の機能を備えた中庭を見ることができる。

ギャラリー

  • 1900年に撮影された入口部分の写真
    1900年に撮影された入口部分の写真
  • 古い要塞部分
    古い要塞部分
  • 住居部(Le Grand Logis)
    住居部(Le Grand Logis)
  • 受付(La conciergerie)
    受付(La conciergerie)
入口

脚注

  1. ^ édifice / site - Château des ducs de Bretagne. Monuments historiques.(フランス文化・通信省)。2017年2月12日閲覧。

外部リンク

  • ブルターニュ公爵城公式サイト
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