1981年ロナルド・レーガン大統領就任式

ロナルド・レーガンの1回目の大統領就任式
第40代アメリカ合衆国大統領として宣誓するロナルド・レーガン。
日付1981年1月20日 (43年前) (1981-01-20)
場所ワシントンD.C.
アメリカ合衆国議会議事堂
主催者アメリカ合衆国議会就任式典合同委員会(英語版)
関係者ロナルド・レーガン
第40代アメリカ合衆国大統領
— 就任者

ウォーレン・E・バーガー(英語版)
アメリカ合衆国最高裁判所長官
— 宣誓挙行者

ジョージ・H・W・ブッシュ
第43代アメリカ合衆国副大統領
— 就任者

ポッター・スチュワート(英語版)
アメリカ合衆国連邦最高裁判所陪席判事
— 宣誓挙行者

第40代アメリカ合衆国大統領ロナルド・レーガンの1回目の就任式は、1981年1月20日火曜日にワシントンD.C.アメリカ合衆国議会議事堂のウェストフロントで行われた。これは49回目となる大統領就任式であり、大統領のロナルド・レーガンと副大統領ジョージ・H・W・ブッシュの1期目の始まりとなった。レーガンの大統領就任宣誓最高裁判所長官ウォーレン・E・バーガー(英語版)が執り行い、彼は母から贈られた家庭用聖書の歴代誌第二7章14節を開いて手を置いた[1]。ブッシュの副大統領就任宣誓最高裁判所陪席判事ポッター・スチュワート(英語版)が執り行った[2]

就任式時点で7001690000000000000♠69歳と349日のレーガンは2017年ドナルド・トランプに破られるまで歴代最高齢の大統領就任者だった。就任式開催中にイラン人質にされていた52人のアメリカ人が解放された[3]

就任式委員会

1981年の就任式を計画・実施する議会就任式典合同委員会(英語版)は以下のメンバーで構成された:[1]

1837年以来一部の例外を除いて就任式は議事堂のイーストポルティコで行われていたが、委員会は今回よりウェストフロントに移す決定を下した。1980年6月に決定されたこの移転はウェストフロントのテラスを就任式の壇上として利用できるため、一から壇上を設置する必要がなくなり経費削減となるという目的もあった。さらにナショナル・モールに面した建物側を使うことで観衆により広いスペースを提供可能となった[4]

レーガンは日中はストロウラー就任舞踏会(英語版)ではホワイトタイを着用した。

就任演説

Reagan speaking at the podium with dignartaries behind
合衆国議会議事堂で就任演説を行うレーガン。

レーガンの就任演説は2452語に及んだ。演説はウェストフロントがもたらす眺望を利用し、遠方に見える大統領記念碑(英語版)アーリントン国立墓地の象徴性を連想させた[4]。レーガンの演説中にイランで444日間人質となっていた52人のアメリカ人が解放された[2]

レーガンとその妻のナンシーが礼拝していたロサンゼルスのベルエア長老教会のドン・ムーマウ牧師は式典で祈りと祝福の言葉を述べ「神よ、人質の解放を感謝します」と発言した[2]。しかしながら彼の祈りは人質がテヘランを離れる前に捧げられていた[2]

レーガン大統領は就任式の後、議事堂のスタチュアリー・ホールで議会指導者たちと昼食をとろうとしていた時に人質を乗せた飛行機がイラン領空を離れたことを知らされた[2]。昼食会の席でレーガンはこの知らせを「全能なる神に感謝し、私は祝杯や演説、その他あらゆる場面での終わりで誰もが望んだ最後の言葉、締めの言葉を授かった。約30分前に人質を乗せた飛行機がイラン領空を離れ、現在はイランから解放されている」と述べた[2]

就任パレードでのレーガン夫妻。

ワシントンをはじめとしたアメリカ各地で就任と人質解放を記念する祝賀行事が開催された[5][6]。就任式の日に限り、人質解放を記念してホワイトハウス近くにあるナショナル・クリスマスツリー(英語版)が点灯された[7]。また祝いの一環として「444日!」("444 DAYS!")という看板が掲げられた[5]。人々は国中をイエローリボンで溢れさせ、自由のメッセージを看板に貼り、解放された人質を家に迎える準備を始めた。イエローリボンは人質に対するアメリカ人の連帯の象徴となった[6]ニューヨーク港の自由の女神像は点灯し、エンパイア・ステート・ビルディングは赤と白と青に照らされ、ボストン市消防局は人質解放を歓迎する銅鑼を鳴らした[6]

天候

就任式当日正午の気温は55 °F (13 °C)であり、1月のワシントンD.C.としては季節外れの暖かさだった[8]

参考文献

  1. ^ a b “49TH INAUGURAL CEREMONIES”. United States Senate. 2021年6月15日閲覧。
  2. ^ a b c d e f Weisman, Steven R. (1981年1月21日). “Reagan Takes Oath as 40th President; Promises an 'Era of National Renewal'—Minutes Later, 52 U.S. Hostages in Iran Fly to Freedom After 444-Day Ordeal”. The New York Times: p. A1. ISSN 0362-4331. オリジナルの2019年8月29日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20190829165248/https://archive.nytimes.com/www.nytimes.com/learning/general/onthisday/big/0120.html 2020年8月25日閲覧。 
  3. ^ Moody, Sidney C. (1981). 444 days : the American hostage story. New York: Rutledge Press. https://archive.org/details/444daysamericanh0000mood 
  4. ^ a b Ritchie, Donald (2009年1月22日). “Who Moved the Inauguration? Dispelling an Urban Legend”. Oxford University Press. 2017年1月4日閲覧。
  5. ^ a b Quindlen, Anna (1981年1月21日). “Lights Go On, Bells Ring in Big Cities and Villages”. New York Times: p. A3 
  6. ^ a b c Miller, Stephen H. (1981年1月21日). “Hostages Arrive in West Germany”. Associated Press 
  7. ^ Mears, Walter R. (1981年1月20日). “Reagan Inaugurated as Hostages in Iran are Released”. Associated Press. "A fireworks display burst over the mall and over the national Christmas tree, redecorated and illuminated at Carter's behest to mark the release of the hostages." 
  8. ^ Rossman, Sean (2017年1月20日). “From Washington to Trump: Inauguration firsts”. USA Today. https://www.usatoday.com/story/news/nation-now/2017/01/19/washington-obama-inauguration-firsts/96728070/ 2017年1月27日閲覧。 

関連項目

外部リンク

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*予定されていなかった(異例の)就任式
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